生徒会の憂鬱

学園内は生徒達でざわついている。
しかしそれは恐怖や不安にさいなまれたものではなく、イオリの思惑通り訓練の一環として必死に目を皿のようにして捜索を行っている為だった。

◇◆正門
「卑怯者は俺がぜーったい見つけてやる!」

響いたのはヒビトの声。生徒会室からまっすぐやってきたのは毎日必ず生徒たちが通過する正門だった。

「あらあら、頼もしいですね…学園の安全は生徒会さんが守ってくれるのかしら。」

あまりの元気の良さにクスクスと小さく肩を揺らしたのはツバサ。

「おう!勿論だぜ!…って、あー、いや…えーっと、コレは仮想訓練だから、学園は安全だ…ぞ…?…仕掛けてあるのは、クラッカーみたいなやつだ。うん。だから…その…なっ?」

ツバサの言葉に思わずグッと拳を握って熱く返してしまったヒビトだったが、すぐさま慌てた様にぎこちない言葉を綴るものの、視線が浮つく。
それを見ると、ツバサは一瞬きょとんとした様子で小首を傾げるが、すぐに緩やかな笑みを返した。

「ふふふ、訓練ですものね?爆弾は仕掛けられているから注意は怠らず、けれど安全…ということでいいのかしら?」

軽く肩を竦めながらツバサ解釈を確認するように問いかけると、ヒビトは少し複雑そうな表情を隠せず、しかし「大丈夫だ!」とどこか自分に言い聞かせるように答えた。
そうして、二人の正門捜索は始まったのだった。

◇◆玄関
「…ううん、なんかしれっと人に紛れて紙袋とかに仕込んであったりしないかしら。」
「あ、鳳さん…。どう?それらしいものは見つかった?」
「おや…。音楽室を見てきたのだけど、誰かがピアノにこんなものを。」

シューランの言葉に振り返るリュウゲツが差し出したのは小さな白い箱。
ふたを開けると、『ハズレ』と切り貼りされたメッセージカードが入っていた。

「…あ、ソレ。僕も見つけたよ。」

近くにいたユイトが二人の会話に気づくと、白いカードをひらりと掲げて見せる。

「ふうん?ハズレも用意されてるんだね…しかし、訓練で本物の爆弾を仕掛けるなんて、あるんだろうか?」
「うーん、どうだろう?でも確かに学園内に爆弾なんてどう考えても危険だし…」

三人が捜索をしながらそんな会話をしていると、見回りを行っていたカナメがそっと近づいてきた。

「……立ち聞きしてしまったようで申し訳ありません。……ですが、これは仮想訓練ですの。とはいえ神保会長のことですから、本物が隠されている可能性も無きにしも非ず…ですけれど。」

仄かに息を吐いてそういうカナメ。
不安を煽らないよう、かつ本物の爆弾を見つけた際に乱雑に扱われては困る為にフォローしたつもりだった。

「そう…?なんだか、しっくりこないな…まぁ、どの道、僕は安全第一で行かせてもらおうかな。」

カナメの言葉にシューランは訝し気に首を傾げながら言うものの、四人は再び捜索にかかった。

◇◆部室棟B
「ああんっ、もう!何もないじゃない!本当に爆弾なんて隠されてるのかしら!?」
「お、落ち着いて…?そんな簡単に見つかったら訓練にならない…と思いますし。」
「私は部室棟壊されちゃったら困るし…ここでは見つからない方が嬉しいかも〜。」

ベルティーナ、サリュ、リモの三人は部室棟を捜索していた。

「ホントよね!どこかの部室に仕掛けられてたりしたら、困るなんてものじゃないわよ。」
「ちゃんと話聞いてました?訓練ですよ、訓練。」
「あ、そうだよねぇ、訓練だから本物の爆弾なんて…」
「あるわね。イオリだもの。…ま、流石に備品壊したりするほどの威力はないと思うけど?」

ベルティーナの言葉に二人はただただ苦笑いを浮かべつつ、慎重に捜索を続けると、サリュの手が止まる。

「あれ…これってまさか………」

さぁっと血の気がひくサリュの視線の先には白い箱…三人の視線はそこに集中し、ごくりと唾を飲んだ。ゆっくりと開かれる箱の蓋、中身は……『ハズレ』と書かれたカードが一枚。

「…………。」
「もうっ!何なのよっ!?あったまきたわ!絶対見つけてやるんだから!」
「わぁん、落ち着いて〜っ!!」

がっくりとするサリュに、暴れそうな勢いのベルティーナ、そしてそれをなだめるリモの三人の捜索は続く。

◇◆体育館
「生徒会長って訓練が一歩踏み込んでるな〜。宝探しとか好きなんかな。」
「えへへ〜、ユズ、宝探しすきですっ!なんかワクワクしちゃうの♪」
「本当にお宝探しなら楽しかったんだけどねぇ…?」

ナツキ、ユズキ、ジョアンヌの三人は緊迫感なくのんびりと体育館を捜索していた。

「ん〜…舞台下とかギャラリーとか死角があるし怪しいかな?」
「ユズは倉庫の方見てきますね〜!誰がヒント見つけるか競争ですよ♪」
「へぇ、面白そうじゃねぇか。負けねぇぜ?」

にやりと笑うジョアンヌにユズキがにっこりと満面の笑みを浮かべ、ナツキは微笑ましく二人の様子を眺めて頷いた。

「皆さん、危機感がなさすぎるわ!」

そこに現れたのは両肘まで覆うグローブとジャージに防塵ゴーグルと異様な…もとい、完全防備のヤドリギだった。

「訓練とはいえ、爆弾が隠されているのですから。もう少し慎重さを……」

と腰に両手を当てながら延々と説教をしていたものの、気づけば三人はどこ吹く風で既に持ち場に移動していた。一瞬呆気にとられたヤドリギも落ち着きを取り戻し、捜索を開始したのだった。

◇◆食堂
「絶対ここが怪しいと思うのよね…。」

むむっと眉を寄せながら、テーブルの下を四つん這いになりながら探しているのはヒナだった。
ふと視界には男子生徒の脚が映った…と思うと、その人物はゆっくりヒナのいるテーブルを覗き込んだ。

「おっと…失礼。邪魔をしたか?」
「ロウガ先輩、この下は……っ…ハズレみたい。」

顔をあげようとした瞬間『ゴツッ』と激しい音で額をテーブルの下に強打する。が、おかげでテーブルの下に挟まれていたカードがひらりと舞い落ちた。『ハズレ』と書かれた白いカードだ。

「…それより、大丈夫か?凄い音がしたが…」

ロウガは言いながら片手を差し出し、ヒナの体をテーブルの下から引き出した。

「ありがとう、大丈夫。…ちょっと、痛かったけど。」
「ならいいんだが、無理はするなよ。…さてどうしたものか…何処まで己の力が及ぶかは解らないが、できるだけの事はするとしよう。」

ヒナは赤くなった額を撫でながら、バツの悪そうに笑う。それを見てロウガは僅かに口端を緩めたあと、再びハズレのカードを眺め小さく呼気を落とす。
そうして、二人は引き続き捜索を開始するのだった。

◇◆裏門
「本当に見つかっても嫌だわ……そう簡単に解除できるのかしら。」

「確かに後者には同感だなー。」

大きなため息とともに漏れた言葉に、唐突に返ってきた声。
リョーカはビクッっと、垣根を分けていた手を止め身を縮めた。

「あ、悪い。驚かせたか?」

聞こえてきた声にゆっくりと辺りを見回すと、ひらりとリョーカの頭上に葉が舞い落ちる。
見上げれば、木の上にイブキが座っていた。

「…び、っくりしました。」

硬直していた体の力が抜け、苦笑い気味に笑みを零したリョーカを見ると、イブキも申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

「木の上に仕掛けられてないとも限らないだろ?高いところからだと見渡しやすいしな。」

そう言って、するりと木の上から降りてくると「悪かった」と一言付け足し。

「成程ですね、あ、いえ!ちょっと気を張っていたので、少し楽になりました。有難うございます。」
「そうか、なら安心した。まぁ、爆弾なんて聞かされたらビビるよな?」

緩やかに笑うリョーカに、少し冗談めかしながら緊張をほぐそうとするイブキ。
こうして二人は裏門の捜索を再開するのだった。

◇◆◆生徒会室
ただ一人生徒会室に残ったイオリ。
各地で捜索が続けられる中、時折生徒会役員からの報告を受けつつ、彼女も独自で調査を続けていた。

「…手紙が初めて届いたのがこの日以前に…何か……。」

常に持ち歩いている手帳を眺めながら、自身が生徒達に忠告や注意をした履歴をたどっていた。

「……怪しいのはこのあたりか…しかし、こんなことで爆弾をしかけるのか?」

イオリは静かに拡声器を手にした。

『全生徒に告ぐ、爆弾は一つとは限らない。これは訓練でありダミーも用意してある…が、全て本物と思って心してかかれ。無論、いつでも保険医の準備は万端だ、安心しろ。』

決して不安を煽っているつもりではないのだが、いつもの通り淡々としたその言葉はそれだけ告げると、プツンと途切れた。
イオリは拡声器を机に置くと、珍しく少し疲れた表情を浮かべ、腕を組みながら僅かに息を吐き出した。

≪ツヅク≫