想い出を探して

の花の記憶
神楽イブキは菜の花畑の丘の頂上へやってきた。
辺りは一面満開の菜の花で、まるで黄色の絨毯のようだ。

「ここが頂上…うん、確かに綺麗な。…何か目印になるようなものは…」

言いながらぐるりと周囲を見回したり、しゃがみ込み菜の花に埋もれるようにしながら草の生え方の違う場所、地形的に特徴がある場所がないかじっくり探してみるイブキ。
しかし予想よりも菜の花の密集度が高く、とにかく一面が黄色くみえるばかり。

「うーん、パッと見た感じでは変わったところはないけど……。
花は傷つけたくないし、無闇やたらに掘り返すわけにもいかないな。」

掘るべきか、一先ず別の場所に回るべきか頭を悩ませていると、丁度そこに幾世リモがやってくる。

「イブキちゃん、お疲れ様。調子はどう?」
「おつかれ幾世。…あんまり目ぼしいところがないのな。
けど年月が経ちすぎてるせいもあるかもしれないし、リーディング、出来るか?」
「あ。私、ナイスタイミングだった?勿論だよー。頑張るね♪」

頼られれば、何処か嬉しそうに緩やかな笑みを浮かべ僅かに気合を入れるように頷く。

「この辺り…かな?」

地図上の虫食いのある丘の頂上の真ん中に立つと、その傍にある菜の花に掌をそっとかざし薄く目を閉じた。
野栄から見せてもらった3人の幼い頃の顔を思い描きながら…。

―――ザザッ…ジッ

『……ナディア、こ…――?』
『…―…お花…痛い…―、…ダメ…』
『…じゃあ、……―は?』
『…――ね♪』

…ザ…ザーッ…――――――

古い記憶のせいか、風にかき消されるように途切れ途切れの会話が頭に直接響いてくる。

「……うーん、ノイズが激しくて自信ないのだけど、今のが昔の三人の会話だとすれば、ここは無いかも?
たぶん、『お花が痛いからダメ』って女の子が言ってたよ。
あと、その続きで埋めた場所を言ってたんだと思うんだけど、肝心なところがノイズで聞き取れなくて…ゴメンね。」

ハッキリしない結果にリモが眉を八の字に下げながらそういうと、イブキは表情を緩める。

「違うかもしれないってわかっただけ、収穫な。」

お疲れ、というようにポンとリモの肩を叩くと一先ず二人は菜の花畑を後にし、次の目的地に移動することになった。


も木からココ掘れワンワン
「おっちゃんたちの為に、ぜーったい見つけてやる!」

誰よりも気合の入った声をあげながらやってきたのは陽向ヒビト。
三本杉の下へとたどり着くと、じっくりとあたりを見まわし、三本の木を見比べたり、その木の根元を丁寧に観察し始める。

「ん〜、目印になりそうなものは何にもないなー。…よしっ、とりあえず登ってみるか!」

特に変わったところが無いと分かればスコップを木の根元に置き、一番背の高い真ん中の木を、まるで猿の様にひょいひょいと軽々登っていく。
枝から枝へ、上へ上へと登っていき…とうとう一番上までたどり着くと、清々しい笑顔で額の汗をぬぐい眼下に広がる景色を眺めた。

「うわー、たっけ〜!!すげ〜!気持ちいーなーっ!!」

なんとかは高いところが好きとはよく言ったもので、菜の花畑や湧水の畔まで一望できるその景色に目を輝かせ、興奮したように声をあげるヒビト。
大きく深呼吸をした後、暫く気持ちよさそうに景色を堪能していた。

「―…あ…いっけねー。依頼だ依頼!!」

どの位経ったろうか…ようやく目的を思い出すと、その呟きと共に気持ちを切り替え、何やら遠くに向けて指を広げかざしてみる。
その指をコンパスの様にくるりと動かすようなことを何度か繰り返してから、

「そこだッ!」

おもむろに三本杉の根元の一部を指さすと、自信たっぷりに笑みを浮かべながらスルスルと華麗に木を降りていく。
しかし次の瞬間…

…ズザザザザッ!バキッ!バキバキ!!ズザッ!

服が木の枝に引っかかり、バランスを崩したヒビトは滑り落ち…

―ドンッ!!!

「いってぇぇぇえ!」

激しい音と共に尻餅をつくヒビトは、打ち付けた尻を抑えながら声をあげた。
木の枝を折りながら落下したため、辛うじてダメージは少ないようだが、しばらくの間打ち付けた尻を抑えながら涙目になっていた。

「ってて、、誰にも見られてないよな!?」

痛みが治まってくると慌てて立ち上がってあたりを見回し、誰もいないことを確認すればホッと胸をなでおろす。
ふうっと息を吐き出すとボロボロになった服を整えつつ、スコップを片手に取った。

「…ココだココ!間違いねえ!…犬に出来て俺に出来ないことはない!!」

誰が見ているわけでもないのだが、まるで何事も無かったかのように取り繕い、拳を握り力強く叫ぶ。
そうして、先程木の上から自らが示した地面を勢いよく掘り始めるのだった。
さながら昔話の犬の様に…。


人現る?
「きゃーっ!」
「にげろーっ。」

怯え逃げ回る子供たち。

―どっしーん、どっしーん…

響き渡る地響き、そして現れた巨人は今にも子供たちに襲い掛からんと……。

「がおー!」
「きゃー、こわーい!オニだ、オニばばぁ!」

「誰が、ババァだって!?」

わざと怒ったように声を荒げると、子供の脇を抱えるようにして抱き上げるのは龍波ジョアンヌ。
彼女は何故か、大岩の周りで子供たちと一緒に鬼ごっこをさせられていた。

「はなせー。ババァー。」
「タっちゃん、だめだよう。せっかくあそんでくれてるのに。」

バタバタと暴れる5歳くらいの男の子と、心配そうに見つめる女の子。
ジョアンヌは思わず小さく吹き出しながら、ゆっくりと男の子を地面におろし、しゃがみ込んで視線を合わせる。

「あはは、構いやしないよ。ありがとな、フレアちゃん。
…さてと、そろそろアタシは仕事に戻らないとなんないんだが…」
「たからものをうめたばしょ、さがしてるんでしょ?」
「おれだったら、…おばけのきかなー。」
「えー、フレア、おばけのきはヤだよう。なのはなばたけがいいなぁ。」
「花畑きれいだもんな?…おばけの木っていうのは何処にあるんだい?」

ジョアンヌは二人の会話に小さく頷きながら耳を傾けた後、ぽんとフレアの頭をなで優しく笑うと、今度は興味ありげに口端を緩め男の子に尋ねた。

「みずたまりのちかくだぜ。こぉーーーんな、でっけーきなんだ!」

男の子は自慢げに両手を大きく広げながら、にかっと白い歯を見せて笑う。

「成程ね、湧水の畔の大木のことか…。この辺は地面も固くてあんまり掘れやしないし、ひとまず移動して皆の様子でも見てみるとするか。
それじゃ、二人ともありがとな。アンタ達はそろそろ昼飯の時間だろ、気をつけて帰んな。」
「おねえちゃん、あそんでくれてありがとう!」
「またあそんでやってもいいぜっ!」

ジョアンヌが緩く手をあげ、歩き出すと、子供たちは手を振ってその姿を見送ったあと、街の方へと駆けていくのだった…。


辺の葛藤
「わざわざ水の近くに埋めるとか、まずやらないとは思う。けど…」

そう言いながらも、湧水の畔に立つのは芳野サリュ。
そこは小さな泉になっており、周囲には色々な花や木が茂っている。
水の湧きでる泉の奥は深くなっていて泳ぐこともできそうだが、手前の方は子供でも水遊びが出来る浅瀬になっているようだ。

「誰も思いつかない場所とか思ったとしたら…」

まさかな、と思いつつも水面をじっと見つめ水底に変わった場所がないかを観察する。
そして少し腕まくりをし、浅い水の中に手を入れてみるサリュ。

「うう、まだ冷たい…」

眉を顰め、手を引き出すと、今度はスコップを水の中に突っ込み、浅い水の底を軽く彫り上げてみようとするが、水の底の土の層は薄く殆どが木の根で埋め尽くされている。

「ここまで根が延びてるんだ…。奥まで行かないと駄目かな…うーん。」

浅瀬が無理だとすれば、奥の水中か…と、畔にしゃがみ込み、しばしの間こんこんと湧き出る水の流れを見つめながら静止するサリュ。
先程の水の冷たさを思い返しつつ、震える程ではないものの時折頬を撫でる冷たい風を感じながら、悶々と思考を巡らせている。

「あそこにあるとは限らないし……とりあえず、樹齢1000年の樫の木の下を掘ってみようかな」

やはりまだ肌寒いこの季節に水浴びをする勇気は出ず、立ち上がるサリュはくるりと踵を返し、その周辺の一番大きな木を探すことにした。
…とはいえ、探すまでもなくすぐに視界に入った大木。
その幹はまるで壁の様にどんと構えており、一人では両手を広げても一周できない程だ。

「聞いてはいたけど…大きい…っ、ここでいきなり見つかってくれたら楽なんだけどな〜。」

あまりの存在感に若干圧倒され、ため息交じりにそう漏らすと、木の下の柔らかそうな土を根を傷つけないように掘り始めるのだった…。


いの力
「芳野、調子はどうだい?」
「…ぁ…、お疲れ様です。随分早く移動されたんですね?
 やっぱり木の根元かな、とは思って掘ってはいるんですが、なにせこの太さなので範囲が広くて…。」
「大岩で会った子供たちが、隠すならココか菜の花畑って言っててさ、あとはアタシの勘でこっちを選んだってワケ。
 確かに、こりゃ二人でも大仕事だねぇ。」

パンパンと幹を叩きながら、口端を釣り上げるジョアンヌを見て、サリュは「なるほど」とごく小さく頷いた後作業に戻る。

「…幾世がリーディングでもしてヒントがもらえれば助かるんだが…この辺りから掘ってみるかね。」

ジョアンヌはぐるりと根元を一周し、適当な場所を選んで地面を掘りだした。
二人は子供が掘って箱を埋められそうな深さに見当をつけ、何か所か掘り進めていくが、なかなかそれらしいものは見つからない。

「はぁ…ホントにココにあるのかな…」
「…全部掘ってみないことには…っていっても…まだ、四分の一ってところか?」

額の汗をぬぐいながら大きく息を吐き出す二人。
このままでは日が暮れそうだ、と心が折れかけた頃。

「サリ〜!…あ、龍波先輩もいる〜!」

聞こえた声に振り返ると、大きく手を振るリモとイブキの姿が目に映った。

「リモさん、お疲れ様です。……菜の花畑は、ハズレでしたか。」

サリュは助けが来たという一瞬の喜びを感じたものの、まだ掘り続けなければならないということに気づけば思わずため息が漏れた。

「あー、うん。残念ながら、な。
 …大岩もハズレ、とすると、あとはヒビト先輩のところか、ココだな。
 まだまだ、時間かかりそうだけど…四人なら何とかなるか?」

イブキはジョアンヌの姿に状況を察すると、残る”三本杉”のヒビトを思い描きつつ、時間を惜しんでスコップを握った。

「おーいっ!!」

いざ地面を掘ろうとした瞬間、聞こえてきた声に再び視線を向けると、顔も服も土だらけ、あちこちに木の枝や杉の葉がささっているボロボロのヒビトがスコップを振り上げていた。

「はっ、ヒビト先輩……もしや!」
「”手伝いに” 来たぜーっ!!」

ヒビトの言葉に、サリュの一時の期待と喜びは再び裏切られ、がっくりと項垂れた。

「え!?なんで!?なんで、俺の顔見てガッカリすんの!??」
「もー、サリーってば。ヒビト先輩は全然悪くないですよ〜。」

その気持ちを察したリモは、サリュの肩をポンポンと慰める様に叩きつつ、困ったような笑みでヒビトに小さく手を振ってみせた。

「アンタは悪くない…が!期待させた分、とにかく掘んな。」

ジョアンヌはそういって、わざと意地の悪い笑みを浮かべると、再びスコップを握りトントンと地面を叩いて木の根元を示すのだった。

「ぶー、なんだよ。なんか納得いかねー!」
「先輩、女子に逆らうといいことない、な。」

今度はイブキがヒビトをなだめるようにポンポンとその背を叩き、汚れた顔を拭くタオルを差し出した。
ヒビトはしかめた顔をタオルで拭き、文句を言いたそうにしながらもぐっと堪えながら地面を掘りだすのだった。

++
そうして全員の力を合わせて木の周辺を掘り進め、空の端が薄っすらと赤みを帯びた頃…。

「んっ…?あ、もしかして…?」
「……え!?マジ!??どこどこ!?」

ポツリ、呟く様な声をあげたのはイブキ。
そして隣に居たヒビトがすぐにそれを覗き込み、両手を穴に突っ込み土をかきだした。

「うぉ―――ッ!ホントにあった―――ッ!!!」

まるで自分が見つけたかのように大興奮で両手に箱を持ち、高々と掲げるヒビトをみて、イブキは微かな苦笑いを浮かべていた。

「ホント、犬みたいだな。」
「ええ、犬ですね。」
「ふふっ、ここ掘れワンワンって感じだね♪」

女子三人もまた、見つかった喜びよりもその様子に思わず疲れを忘れ笑みを零すのだった……。

こうして貴方達は無事に想い出の『タイムカプセル』を手にし、野栄の待つバーへと戻っていった。
”もうひとつの依頼”を達成させるために…。


≪ツヅク≫