barガンドルフにて - Epilogue01 騎士学園編 -

農業都市ベリル近郊の町パールベル。
バーや居酒屋が多く建ち並ぶ歓楽街の中でも、それら市民が利用する区画とは一線を引いた場所に設けられた、富裕層をターゲットとした宿泊施設。 高サービス高セキュリティが充実している分、料金も高額。ゆえに一般市民が利用する機会は無いに等しく、主に仕事や観光等で訪れる貴族向けのホテルだ。
そんなホテルの―さらに言えば上位に位置する部屋に、三人の若者がいた。

「ふう…一息つけましたね、会長」
「もぅ疲れたよ、クタクタだ〜」

一人は騎士学園の生徒、藤林オーウェン。
もう一人は同じく学園の生徒であり、現生徒会長、天掟ミカドだ。
子供染みた調子で小さなため息を落としながらミカドは言うが、疲労の色など見えない。

「さすがに、王都から強行軍でしたからね」
「色々と手配、ありがとう、オーくん。明日の予定はどうなってる?」
「明日の朝、馬車で王都に戻ります。乗り合いの物とは違うので昼過ぎ、いえ、夕刻迄には到着できるかと思います」

毎日定時に出る馬車は、国民の主な移動手段である。
貴族の中には専属の御者と馬車を持っている家もあるが、それを学生の身で自由に使える者というのも、また限られる。

「そうか…。ここ二日間の仕事はアランに任せているとはいえ、帰るのが怖いな」

副会長の彼を思い浮かべながら、ミカドは呟いた。
彼の能力を疑っているわけではないし、今回の一件は理解も示してくれていた。
ただ、たんまりと会長の執務室に溜まっていそうな書類の山を想像して、ただただ、億劫になるのである。
そんなミカドの想像を遮るかのように「それよりも…」とオーウェンが言葉を続けた。

「“彼”の処遇をどうするかを早急に決めなくてはいけませんね」

そう言って、部屋の隅にいる少年を一瞥する。
彼もまた騎士学園の生徒であり、名を五月女(さおとめ)と言った。
オーウェンの視線を辿ってから、五月女の存在を今思い出したかのように「あぁ…」とミカドは呟く。

「僕に話を聞いて欲しい、と言っていたっけ。“最後に”話すことはあるかい?」
「最後…」

彼自身、覚悟はしていたのかもしれない。
生徒会長自らがあの現場に来たのだ。誤魔化しようが無かった。
それでも自身が崇拝に値する程、尊敬し続けた相手に、『最後』を突きつけられると、突き放された絶望感で一杯になる。

「会長の手を煩わせた事は謝罪します。…しかし!俺がした事は間違っているとは思いません!
 今までも、そしてこれからも貴族たるものあんな奴らと対等になってはいけないのです! 」

力を振り絞り、彼は震える声で精一杯の気持ちをぶつけた。
対してミカドは表情一つ変わらない。澄んだ空気を纏い、穏やかに表情を緩めたまま、「それで、君は?」と先を促す。

「ハンターの評を広め、民の信頼を無くそうとしました。
 そりゃあ確かに、多少やり過ぎな演出はしたかもしれませんが、俺に協力していた男は、神風学園のハンターなのですよ!
 金で喜んで暴力等の非道を行うような輩です!そんな者達が、民の信頼を得、我々騎士にとって代わろうとしている!
 俺にはそれが許すことはできないのです! 」
「そうか…」

ミカドは片手を己の胸元へと添えた。

「その気持は受け取ろう」

五月女の必死の叫びをただ心に刻むように。
そして、

「―君はいらない。本日付で退学処分とする。今までありがとう、お疲れ様」
「――!!」

柔らかく優しい笑み。流れるような穏やかな声音で、ミカドは言った。

「君の行為は騎士そのものの名を汚す行為だ。“私”の信頼を失った。残念だ。とても残念だよ」
「会長!なぜ…!貴方は変わってしまった!!
 あんなハンター共と関わったせいで、毒されてしまったんだ!俺が知る貴方は…!」

勢いに任せてミカドに詰め寄ろうと―縋ろうとする五月女を、オーウェンが止める。

「そこまでです。僕は、先輩の気持ちを分からないわけではない。しかし、今の貴方には冷静になる時間が必要だ」
「……ッ!」
「隣の部屋を取っておきました。明日の朝、迎えに行きます。自棄は起こさず、貴族として恥ずかしくない夜を」

五月女は訴えるように二人を見たものの、これ以上何を言っても事態が変わらないことに、ようやく気付いたのだろう。
悔しそうに歯を食いしばるも次第に絶望感に項垂れ、最後はオーウェンに促されるままに出て行った。
五月女が隣の部屋に入るのを確かめてからオーウェンは扉を閉め、椅子に腰かけるミカドに紅茶を淹れる。

「…なんでしたら、自分から彼に処遇を告げてもよかったのですが」

気遣ってのことだろうか。
ミカドの表情に、一瞬不思議そうな色が浮かんだ。
しかしすぐに口角を緩ませると、ティーカップに口を付ける。

「こういうことは会長に任せなさい。その代り、後のフォローは頼むよ」
「もとよりそのつもりです。ちょうど、ペクトライトの別荘の管理に人手が欲しかったので…。
 しかし、解せないですね。
 彼は確かに以前からハンターについて苦言を呈していましたが、それでもこんな事をしでかすとは…」
「耐え切れずに爆発したか、あるいは彼自身もまた、甘い言葉に惑わされたのかもしれない。
 まぁ、すぐには分からないし、そう事を急ぐ必要性もないよ」

オーウェンが訝し気に眉を顰めるのに対し、ミカドは大した興味もないように、その言葉は淡々としたものだった。
けれど不意に、「―ぁ」と小さく、声を発した。
表情は何処か悪戯を思い付いた子供の其れのように、愉しそうなものへと変わる。

「これでまた一つ、神風学園との接点が出来た。これに関しては彼に感謝だね。うん、感謝だ。
 今度は何をしようかなぁ〜」

副会長がいれば、ここで頭を抱えたかもしれない。或いは説教でもしただろうか。
副会長―もとい天掟ミカドの幼馴染である橘アランから預かった、生徒会長のスケジュール帳を取り出し、ここ数日間の予定を確認してみる。

「どの道、会長は暫くは動けないでしょうがね」
「えぇ〜…」

まるでミカドの性格を理解しその企みを阻止するかのように、会長スケジュールはびっしりと隙間なく埋まっていた。
騎士学園での生徒会長のスケジュール調整は、副会長の仕事である。
残念そうに肩を落とすミカドの姿を、オーウェンはただじっと見つめていた。
彼に尊敬の念を抱くのは、なにも五月女だけではない。
学園の大半が、彼を慕っている。
それと同時に、彼のやり方に不満を覚える者も、少なくはないだろう。
そう、ここにも――  

「この僕も。会長がどういう考えでハンターと交流を持っているのかわかりかねますし、僕自身納得はしていませんが…。
 それでも彼は、騎士としての振る舞いを忘れた、それは事実です」

五月女の気持ちを、分からないわけではない。
それでも、それ以上に己の中に決めたものがある。

「“天掟”の名は重い。それだけで、無条件に信頼を置けるものなのですよ。
 我が藤林くらい、騎士第一主義に凝り固まっていると」

オーウェンの言葉に、ミカドは小さく喉を震わせた。
そういうところが好きだよ、と。

「―安心しろ。私は“お前たち”を信じてる。頼りにしているよ」