エスコートは嫌い?
アサヒ王女らがシルヴァン帝国からレクラン王国に帰国して一年が経った頃。
王都ではアサヒ王女と王国騎士団副団長のサクとの婚約披露パーティーが行われていた。
二人の婚約はそれ以前に発表されていたのだが、一連の事件もあり国内は勿論各国の重鎮達を集めるための調整には、一定の時間が必要だった。
煌びやかな装飾の施された会場には、数多くの招待客がいる。
そんな中…

「…また貴様と同席とは…」

そう呟いたのは、繊細な刺繍の施された藍色のドレスを着ている神保イオリ。
艶やかな藍色の髪を結い上げ、澄んだ青色の水晶をあしらった銀細工の髪飾りが付けられている
そしてその隣に並んでエスコートする男性は、天掟ミカドだ。
浅黒い肌にさらりとした銀髪、宝石と同じ澄んだ青色の瞳が緩く細められた。

「硬いね、表情が硬い。イオリちゃん、緊張してる?」
「どこをどう見たらそう見える…」

冷ややかな態度のイオリとは逆に、ミカドは愉しげに双眸を緩める。

「そのドレス、とっても良く似合っているね。」
「……どうせこの見立ても貴様なのだろう。裾が長くて動きにくい。露出が多くて寒い。そして、先程から女性の視線が刺さるのが鬱陶しい。」

表情も声のトーンもあまり変化は無いものの、イオリは眉根を寄せ不機嫌そうに不平不満を口にしていた。
対してミカドは、イオリの同じ刺繍の施されたブルーグレーのジャケットにチーフタイ、さらにイオリと揃いの宝石をあしらったタイピンを付けている。
傍から見れば恋人同士の其れだ。
というのも…。



今回のパーティー会場の警備は騎士団だけでなく、一部の優良な現役ハンターにも任されることとなった。
学生時代から互いの学園の生徒会長として交流を深め、卒業後もなにかと情報を共有することで、ミカドとイオリは騎士団と現役ハンターとの提携が役立つことの実績作りを行ってきた。
そのためここ数年でハンターの認知度や評価も上がり、シルヴァン帝国での一件が最後の一押しとなって、今日王族のパーティーの警備も任された――というわけだ。

現役ハンターの中でもたった数年でSSクラスのハンター、国内でも指折りのハンターと言えるまで昇り詰めたイオリも当然、今回の警備にあたっていた。
…正式には、あたるはずだった。

『イオリちゃんならドレスコードでも十分戦えるよね。潜伏警備だよ。』

数日前、家に届いたドレス。着ずともわかる高額な代物に添えられた手紙には、要約するとそんな手紙が添えられていた。
イオリ自身、貴族に近い旧家の家柄だ。天掟家の影響力を知らないわけでもない。
天掟家当主―つまりミカドの父親は政務長補佐官であり、叔父は王の親衛隊隊長。そんな家の子息からドレスが送られてくれば、拒否権などあるはずがなかった。

「こうして会うのも久しぶりだね。会えて嬉しいよ。」
「貴様はまた調子のいいことを。」
「今回、僕達の後輩もいい活躍をした。世間的にもわかりやすい活躍だ。」
「…悪くはない。自らの手で上げたかったものもあるが…。」

周りの様子に気を配りながらも、傍から見れば穏やかに二人は言葉を交わす。

「うんうん。優秀な騎士、ハンターが育つのは嬉しいよ。将来が楽しみだね。」
「将来…。」

イオリはふと、ミカドを見つめる。
彼は今でこそ騎士団に所属する一騎士ではあるが、おそらくあと数年も経てば家紋を継ぐことになるのだろう。

「貴様も”英雄”と並ぶ手柄を上げれば、家に囚われることもなかったかも知れぬな。」
「囚われる?面白い表現をするね。」

きょとんとした表情で、ミカドは首を傾げる。

「英雄になるのも面白いかもしれない。けれどそこに興味はない。人には相応の役割があり其れを全うしなければならない。」
「……本気で言っているのか。」
「本気だよ。僕はいつでも本気だ。いずれ家を継ぐ。最初からそう決まっているからこそ、相応しい相手をと婚約者候補をあてられる。」
「…………なるほど。」

未練も後悔も感じさせない、ただ事実としてあるものを淡々と述べるように言うミカドの言葉に、イオリは怒りを覚えた。
「イオリちゃん?」と不思議そうに見つめてくる彼のネクタイを勢いよく掴み、顔を引き寄せる。

「貴様は大概ふざけているとは思っていたが。此処までとはな!見損なったぞ。」

いつもは何事にも冷静なイオリの、荒げた声。
眉間に深く皺を刻み睨みつけるようなその視線に、ミカドは一瞬呆けたように、目を瞬かせる。

「最初から決まっているからなんだ。貴様を認めた私を愚弄する気か?!…私は何のためにッ」

彼女の熱を帯び、真っ直ぐに見据えるその瞳からは、強い意志と共に僅かな悲哀が感じられた。
怒りの声を発しているにも関わらず何処か泣きそうにも見えるその様子に、ミカドは片腕で彼女の体を引き寄せ顔を近づける。

「イオリちゃん、落ち着いて。僕らは目立つのだから。」
「な…誰のせいだと…ッ!」

至近距離で見つめられ、イオリは動けずミカドの腕の中で静止した。
周りでは会場を満たす生演奏の音色もあり、一瞬騒々しさに振り返った者達はいたものの、恋人同士が身を寄せ合う姿とでも映ったのかもしれない。訝しむ者はいなかったものの、相手の男性が天掟ミカドと気付けば別の意味で注目の的となった。

「そうか、心配なんだ。家に囚われていると心配してくれたんだね。イオリちゃんは優しいな。」
「い、意味が分からん!早く離せ馬鹿者っ。」
「でも違うよ。人には相応の役割があり其れを全うしなければならないというのは、それが”最低限成さなければならない”ことだからだ。それを果たしたうえでなければ先人達を超えることは出来ない。」
「………。」
「あぁ、もしかしてこちらではなく、”婚約者候補”という部分かな?」

珍しく動揺の色を見せるイオリに、ミカドは悪戯な笑みを零した。
否定したいところだが、先程から周りの視線が痛い。
特に女性達からの視線が、確実に鋭くなって注がれている…気配がする。
そんな気配に気付いているであろうミカドは、「うん、決めた。今婚約者を決めたよ。」と嬉々とした声音で呟くと、

「好きだよ、イオリちゃん。」

彼女にだけ聞こえるように、優しく囁いた。