末永くよろしく
「ご機嫌よう、アラン様」
「……っ」

屋敷の書庫で静かに読書をしていた橘アランはその声に僅かにビクッと身を縮めると、ゆっくりと視線だけそちらにむけ一瞥した。
牡丹色のふわふわとした柔らかな髪が揺らめく。
声の主は梶アルメリアだ。
視線を向けずとも誰であるかはわかっていたものの改めてそれを確認すると、気まずそうに眼鏡をくいと手で押し上げ視線をそらした。

しかしアランのそれはアルメリアに対してだけの態度ではなく、『女性』に対しては基本的にそうなのだ。
たとえ彼女が自分の『婚約者』だとしても…

「アラン様、そろそろ覚悟を決めてくださいませんか。父上も心配されておりますわ。」

彼女は彼の気持ちを知っているため、敢えて何も言わずに話を続けた。
すると彼は読んでいた本をパタンと閉じて小さく嘆息しながら口を開いた。
そしてようやく彼女と目を合わせる。

しかしその瞳には複雑な想いが見え隠れする。
彼女のことは嫌いではない、寧ろその逆だ。
ただ、どうしてもあと一歩が踏み出せない。
それが一番の問題だった。

そんな彼を見て彼女は困ったように微笑み、いつも通りの言葉を口にする。
もう何度も繰り返してきた言葉だ。

「やはり私ではご不満でしょうか?」
「違っ…!」
「…私はいつでも貴方様のご判断を受け入れますわ……」
「違う!……ただ、俺なんかじゃなくて他にもっと相応しい奴がいるのではないかと…」
「…そうですわね。所詮、家同士が決めた許嫁ですもの。 私でなくとも構いませんわね。」

煮え切らない態度のアランを一瞥すると、アルメリアは一つ呼気をおいてから、淡々とそう言い、「失礼しました」と静かに背を向けた。

「くっ!…だから、違うといっているだろう!」

カッと頬を赤くしたアランはわずかに声を荒げると同時、座っていた椅子を倒すほど勢いよく立ち上がると、アルメリアの腕を掴み自分の胸に彼女の顔を埋めさせるようにして抱き締める。
突然の出来事に驚いたアルメリアだったが、抗うことはない。

「…離して下さいませんか」
「断る」

いつになく強気な態度で答えると、アランは言葉を続けた。

「お前は俺のことなど別にどうとも思っていないんだろうが…。俺は女の扱いというものが分からないから、お前を避けていた。しかし、嫌いだとか、結婚が嫌だとかいうわけではないんだ。む、寧ろ……むしろ……」

勢いよく行動したものの、いざ口に出すとなると恥ずかしさがこみ上げてくるようで、最後の方は聞き取れない程小さくなった声で呟き、さらに顔を赤らめた。
その様子が愛らしく感じられたアルメリアは彼の背中に腕を回し、優しく撫でた。

「ふふ、…お慕い申しております。幼いころからずっと…」
「……な!?」

まさかそんなことを言われるとは思ってなかったらしいアランはまるで豆鉄砲を食らったかのような表情で素っ頓狂な声を上げた。
アルメリアはその様子に、思わず肩を揺らす。アランもそれを見ると表情が和らいだ。

「……もう逃がしませんよ? 」
「…あぁ……」

アランはアルメリアの言葉に照れながらも微笑み返すと彼女を再び強く抱きしめた。