虹水の日
その日、炎龍カイは朱鷺ミソラに呼び出されて虹の湖にやってきた。
学園行事や依頼で訪れることは何度かあったがこうして個人的に足を運んだのは初めてかもしれない。

「朱鷺、久し振りだな。」

カイは桟橋に見えた後ろ姿に声をかける。
その声に振り返ったミソラはカイの姿を見れば嬉しそうに笑顔を浮かべた。

「ご無沙汰してます、炎龍先輩」

卒業後、何度か会う機会はあったが、ここのところ互いに忙しく時々手紙のやり取りをするくらいで会うのは半年ぶり位だった。
カイが氷華ユキトと始めた事業が順調に拡大し、暫く海外に行く、という話を聞いた為ミソラはこうして彼を呼び出したのだ。

「突然呼び出したりしてすみません……しばらく海外に行かれるって聞いたのでその前にどうしても会っておきたくて……」
「いや、別に構わねえよ。俺もお前に会いたかったからさ。」
「えっ?」

予想外の言葉に思わず声を上げるミソラ。
そんな彼女を見てカイは微笑むと、 頭をポンッと撫でた。
するとミソラの顔がみるみると赤くなっていく。

「あ、あのっ。湖、ずっと来てみたかったんです!虹水の日、どうしても先輩と一緒に見たくて…」

ミソラが今日を選んだのにはもう一つ理由があった。
『虹の湖』が年に数回虹色に輝く日、その特別な日に想い人と二人でそれ見ることができたなら結ばれるという言い伝えがあるのだ。
しかし、カイはそれを聞いて困ったような表情を浮かべた。

「そっか…悪い、俺…」
「…っ!…そ、そうですよね……。ごめんなさい、私なんかと一緒じゃ嫌ですよね……」

カイの言葉を聞き、慌てて言葉を重ねるミソラだったが落ち込んだ様子は隠せなかった。
言葉の最後に僅かな呼気を落とした、次の瞬間、カイの腕に引き寄せられる。

「……へ?せ、せんぱい!?」
「……ちげえよ。俺もお前と同じ気持ちだ。けど、俺はお前の側に居てやれない。なのにお前を束縛するのはズルいだろ?」
「そんなことないです!私は……先輩が好きですから……!」

カイを見上げミソラは声を張り上げた。
その勢いに思わずカイは一瞬呆気にとられたように瞬くが、すぐに双眸を緩めた。

「っ……ありがとな。」
「あ、いえ、その…なので…」

言ってしまった、とばかりに一気に頬を赤くし視線を泳がせながらしどろもどろに言葉を紡ごうと思案していると、カイは喉を鳴らすように笑った。
そして、真剣な眼差しでミソラを見つめ、少しばかり躊躇うようにゆっくりと口を開く。

「…これは俺の我儘だが……待っててくれるか?ミソラ。」

初めて下の名前を呼ばれたミソラは、嬉しそうにどんぐりのような目を潤ませる。

「……はいっ。待ってます、ずっと…。いってらっしゃい、カイ先輩。」
「…ああ、行ってくる。」

そしてカイはもう一度ミソラを抱きしめた。
二人の姿はまるで虹の上に立っているかのように、キラキラと輝く虹色の湖面に揺らめいていた。