トバリ時計店 「こんにちは。タツキくん、今日はどうしました?」 時計店の店番をしていた冬葉フユは馴染みの顔に双眸を緩め、小首をかしげた。 「ちわ。…こないだの依頼でちょっとな、これ直せるか?」 風祭タツキはポケットから古い懐中時計を取り出すとそっとカウンターに置いた。 時計を開くとガラスにヒビが入り、針は止まっているようだ。 「ううん、少し見てみないとわかりませんが…やれるだけやってみますね。」 フユは少し眉を下げ「お預かりしても?」と時計を示して首を傾けた。 タツキは「頼む」と返事をして時計を渡し、店の中を見渡す。 アンティーク調の店内には壁掛けの大きな振り子時計、腕時計が何点か飾られている。どれも質の良さそうなものだ。 カウンターの後ろにある棚には工具箱や様々な種類の時計部品が整然と並べられている。 「何か修理してほしいものがあれば言ってくださいね。できる限り引き受けていますので……」 フユはそう言いながら時計を受け取り奥へと引っ込んだ。 カチカチと小さく響く歯車や時計の針の音にタツキは表情を緩めた。 「ここはいつ来ても落ち着くな。」 「ふふ、私も昔から嫌なことがあるとここで癒されてます。」 「へえ?なんか意外だな。」 戻ってきたフユの手には古びた小さなノートがあった。 「さっきの話ですけど、これは私が預かってもいいですか?もしダメだったら、ご連絡しますね。」 「ああ、それでいいよ。じゃあまた来るわ!」 タツキは手を振って店を後にした。 ――― *** 次の日、タツキは再びトバリ時計店を訪れた。 ドアを開けると相変わらず客はいない。 店の奥から出てきたフユはタツキを見て目を丸くし、嬉しげに微笑んだ。しかしすぐに顔を曇らせる。 どうしたのかと聞く前に、彼女は申し訳なさげに口を開いた。 「昨日お預かりした時計なんですが、少し特徴的な作りでまだ直せていないんです。…すみません。」 「そうなのか……。修理できそうか?」 「はい。実は私の知り合いの方がもう1つ同じような時計を持っているみたいなんです。それを参考にすればなんとかなるんじゃないかと…」 「それなら俺が今から借りに行ってくるよ。」 「いえそんな!大丈夫ですよ。すぐ近くですので少しだけ待っていてください。」 フユはタツキの申し出に慌てて両手を振り、足早に店を出て行った。 「どうもっすー。ご依頼の品をお届けに…アレ?タツキ?…店の人は?」 入れ違いに其処にやってきたのは狼フェイロンだった。 話を聞けば、問屋の人手不足で依頼を受け注文の部品を届けに来たのだとか… 「今冬葉さんは出かけてる。俺は留守番。」 「ふぅん……じゃあ、これ。」 フェイロンはカウンターの上に部品の入った紙袋を置くと、そのまま帰ろうとした。 「あれ、もう帰るのか?」 「ああ、今日はまだ仕事のこってるし。それに、ここで買い物するほど金持ってないからな」 フェイロンは苦笑しながら肩をすくめる。 「あー、じゃ仕事が終わったら飲みに行くか?俺のおごりで。」 「マジで!?やった!絶対だからな!」 「おう、任せとけ。」 「じゃ、お疲れ様〜。」 「気をつけて帰れよ。」 「はいはい。」 こうしてフェイロンは上機嫌に鼻歌を歌いながら帰っていった。 「すみません、お待たせしました。」 少しの間タツキが店番をしていると、フユが戻ってきた。 手には先程話していた2つの時計がある。 「おかえり。……おお!凄いな、本当にそっくりだ。」 タツキが感嘆の声を上げるとフユも嬉しそうに頷いた。 「はい。私もびっくりしました。これでなんとか修理できそうですよ。」 「良かった。この時計、祖父に貰った大事なものだったんだ。」 「そうだったんですね…少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」 「ああもちろん。」 「ありがとうございます。では早速作業に取り掛かりますね。」 「おう、頼んだぞ。」 そうして小一時間、時計の修理をする間、学園の思い出話や最近の依頼の話など二人で楽しい時間を過ごすのだった。 ◆冬葉フユ 卒業後はペクトライト支部に所属。 救護や術の付与、どちらかというと現場よりも、物に術をかけてお守りにするなどを追及する。これは、大事な局面での手数の不足を幾度となく味わい、体験したため、他者の役に立ちたいが故。 また実家の時計店(トバリ時計店)というよりは、趣味・特技の延長で、壊れ物を直すのを変わらず続けている。持ち主がどう大事にしていたものなのか、などに重きを置いている。 ◆風祭タツキ 卒業後ハンターとして活動。 助っ人を頼まれればどこでもぶらっと向かう柔軟さから多くの依頼をこなし、気づけばAランクまで到達。 自身の視野や見聞を広げるため、国内外の土地をめぐり様々な文化を学び世界を広げていく。 ◆狼フェイロン 卒業後はハンターとしてヘリオドールを拠点とし活動。 シルヴァンとレクランのヘリオドールを介した新街道整備事業にも尽力し、故郷の発展を後押しできたことに誇りを持っている。 コツコツと地道な努力でランクを上げ、30代後半頃には新人ハンターの育成を任されるまでになった。 |