農業男子
「ちわっす、先輩」
「お、チカちゃん。と、タツキ…だっけ?めずらしーじゃん。」
「ご無沙汰してます。鈴木先輩。」

鈴木ナナシは頭にタオルを巻きながら畑仕事の途中、やってきた後輩の天音チカと風祭タツキに「よぉ」と片手をあげる。
ナナシは卒業後ハンターにはならずに家業の農家を継いだ。
元々ハンターになる気はなく、ハンターの手を借りずに畑を荒らす魔物を退治したり出来ればいいと思って学園に通っていたのだ。

「…で、わざわざこんなとこまで何の用?」

へらっとした笑みを浮かべながらナナシは二人に聞いてきた。

「んと、近隣の森の魔物討伐っすね。俺らが受けた依頼は。
先輩が詳しいから話聞いて来いって。ついでに手伝ってもらえってギルド長が。」
「おい、ギルド長!俺、ハンターじゃねーんすけど。」

チカの淡々とした説明に、ナナシは思わず突っ込みを入れる。

「まぁ、俺ら二人でも大丈夫だと思うんですけど、一応被害とか教えてもらっても?」

苦笑いを浮かべたタツキの言葉に、ナナシは頭を掻く。
そしてそのまま、近くにあった切り株の上に腰を下ろした。
二人の質問に答えてくれるようだ。

「ま、俺も手やいてっからな。そのかわり後で酒でもおごれよ?」

ナナシはそう言ってニヤリと笑い、口を開いた。

***
それから数時間。
日が暮れ始めた頃、三人はようやく最後の一匹を倒した。
辺りを見渡すと、他の魔物の姿はない。

三人とも泥だらけになりながらも、無事仕事を終えたことに安堵のため息をつく。
ナナシが近くの川まで水を飲みに行くというので、二人はその場で休憩することにした。
ふぅ、とひと段落ついたところでタツキはおもむろに口を開いた。

「なんかさっきから視線感じねぇか?」

「……あぁ、確かに。」

先ほどからチクチクとした視線を感じていたのだ。
しかし、姿が見えず、気配を探ることも出来ないためそれがなんなのか分からなかったのだが……。

「まさか……噂の幽霊とかじゃ……」
「はぁ!?冗談だろ!」

「狼男かもな?」

突然後ろから聞こえてきた声に、二人は驚いて振り返る。
そこにはいつの間に戻ってきたのか、ナナシが立っていた。

「で、なんすか、狼男って」

タツキとチカが困惑している様子に気付いたナナシは、少し面倒くさそうな顔をしながらも口を開く。

「この森には最近出るらしいぞ」
「まさか」

チカが怪訝な顔で返した。

「なんでもそいつらは人を喰うんだってよ。」
「怖。」
「いや、ただの噂だろ?」
「……どうかな?」

どこか意味深に間を置き、薄気味悪い笑みを浮かべるナナシにごくりと唾を飲むタツキとチカ。

「…なーんてな。冗談だって」

パチンと両手を叩くと、二人の反応を見てナナシはケラケラと笑う。
一瞬でも本気にしてしまったことが恥ずかしかったようで、タツキとチカはそれぞれ赤面していた。
それを見たナナシは満足げだ。

「けどまぁ気をつけろよ。これからハンターとして食っていくなら。まぁ、ハンターでもない俺が言うのもなんだけどさ。」

「そっすね。」
「あー、まぁ覚悟はしてるっす。」

ナナシの言葉に二人は頷いた。

「んで、年に一回くらいは無事な顔みせろよ。」

人手があると助かるんだよなー。と笑いながらいうナナシの様子に、チカとタツキは顔を見合わせて苦笑したのだった。

◆鈴木ナナシ
家業を継ぎ、ベリルの農家になる。
時々依頼などで近くに来た後輩たちが『タダ』で畑仕事を手伝わされていることもしばしば。
お礼に畑でとれた野菜などを振舞ってくれるらしい。
鳳リュウゲツとの間に進展はないが、彼女のお陰で随分と穏和になったようだ。