◆◇◆◇Prolog2

レクラン王国武闘大会。
それは古くから伝わる、国内の伝統行事である。
年に一度、騎士団や候補生となる騎士学園の生徒達が参加し、各々己の実力を振るい競う大会。
国王を始めとした国の上層部の者達や貴族も観戦するため、騎士にとっても騎士学園の生徒達にとっても、己の存在をアピール出来る絶好の機会である。

そして今年―――

その伝統行事に変化が生じた。
一般市民からの参加枠が、突如設けられたのである。
騎士学園現生徒会会長“天掟ミカド”の推薦により、神風学園の参加枠が一つ出来たのだ。
天掟家は古くから有能な騎士を多く輩出してきた、貴族の中でも上位に位置する家である。
その子息が正規の手続きを経て推薦状を送り、国王がこれを承諾した。

元々一般市民も観戦費を払えば参加出来た大会も、神風学園の参加という前代未聞の展開に、一層の盛り上がりを見せる結果となった。

◇◇◇

大会前日の夕刻。
年に一度の武闘大会とあり、舞台の設置や進行の打ち合わせ等が念入りに行われる会場。
それを見渡せる城の渡り廊下に、二人の男性騎士の姿があった。

「今年は市民からの参加もあるとよ」

身長188pの男性。
高身長だけでなく、鍛え上げられたがっしりとした体躯は、騎士団の衣装を纏っていても十分に分かる。
紅色の髪を無造作に後ろに流し、同色の瞳に、細い縁の眼鏡。
眉間に薄ら皺を刻んでいるのは、怒っているわけでも視力が悪過ぎるわけでもなく、彼を知る者達から言わせればただ単純にそういう顔、なのだそうだ。 年齢は20代前半か、半ば辺りだろう。
名を九々龍 バロン(くぐりゅう ばろん)という。

「…ふ〜ん。“龍の男爵”は?」

もう一人、180p程の男性。
無駄のない引き締まった体だが、バロンの隣にいるせいか、あるいは手足が長いせいか、全体的にひょろりとした印象を与える。
黒髪に蘇芳色の瞳。
前髪は眉にかかる程度の長さで、サイドも短く切り揃えているものの、後ろ髪は長く一つに束ねている。

「その呼び名はやめろ。
 お前が出ねーんじゃ、参加しても意味ねぇよ」

傍から見ればバロンの方が、その見た目や刺々しい物言いから威圧感を感じられるのだが、もう一人の男性、彼こそがレクラン王国騎士団、副団長“護旦 サク(もりあき さく)”である。
バロンとは同期生であり年齢的にはまだ駆け出しの騎士でもあるのだが、サクの場合は違った。

「俺、今回総責任者、退屈」
「団長達が魔物討伐に出てんだから仕方ねーだろ。
 お前も偶には肩書きらしい仕事しろ」

今年の武闘大会は、神風学園生徒の出場以外にも、もう一つ、これまでと違うことが重なっていた。
騎士団長の他、常に好成績を残す騎士団の中でも上位に位置する精鋭部隊が、魔物討伐のため出場しないということ。
それ故に今回の大会の盛り上がりを心配する声も上がり、神風学園の出場がどう効果を及ぼすか、大会関係者にとっては期待でもあり、不安でもあるところだ。
副団長…らしからぬ、どこか無気力感漂うサクに、バロンは眉間に刻んだ皺を一層深くしながら、憎らし気に呟く。
そして――

――不意に、ぴくりと何かに反応したように、サクが視線を動かす。
その仕草はもう見慣れたものだ。多分、呼ばれているのだろうと、バロンは思う。
同時に、その感覚にある種の不気味さを覚えるのもまた事実だ。

「王女様か?――では、俺は失礼しますよ、副団長殿」

嫌味も込めて肩書きで呼んでみるが、サクは微かに口元を緩ませて気に留める様子は無い。
「ん」と相槌にも似た音を発すると、背を向けて歩いて行った。
その姿を見送り、バロンはまた、最終確認を行う大会の会場へと目を向ける。
きっと今までとは異なる何かが起こるに違いない。
そんな予感を抱きながら…。