◆◇◆◇Prolog その日、神風学園に二人の人物が訪れていた。 一人は浅黒い肌に銀髪、澄んだ青い瞳が特徴的な青年―一際目を惹く騎士学園の生徒会長“天掟ミカド”。 もう一人は深く被ったニット帽と毛先のみ橙色に染まった青い髪が特徴的な少年、“小鳥谷ニレ”。 どちらも金縁が施された白・黒・グレーを基調とした騎士学園の制服を身に纏っている。 尤も、訪れたといっても【無断】である。面倒臭そうにため息を零すニレに向けて、ミカドは人差し指を軽く唇に添えてにこやかに『静かに』の合図を送ると、何処か愉しそうな面持ちで生徒会室の扉をノックした。 ◆◇◆ 生徒会室の中では、いつものように窓際の席に姿勢よく座る神保イオリの姿があった。 他のメンバーはそれぞれ別件で席を外しているようで、彼女が一人部屋に残っているのもよくある光景である。 部活動に勤しむ生徒達の賑やかな声が窓越しに伝わってくるものの、それさえも耳に届いていないかのように、彼女は集中してただひたすらに淡々と検印を行っていた。 しかし、 「……」 それでも、“いつもと違うざわつき”に気付かないはずがない。 扉を叩くノックの音が耳に入ると、小さくため息を漏らして、 「何の用だ」 視線は書類に落としたまま呟くように、しかし通った声で扉へと声を投げる。 「い〜おりちゃん♪」 彼女の声とほぼ同時に、扉が開かれる。 ニレを外で待機させたまま、まるで挨拶のように名前を呼び入ってくるのは天掟ミカドだ。 後ろ手に扉を閉めながら、「相変わらず仕事熱心だね」と穏やかな表情で見つめる彼に、イオリはゆっくりと視線を向ける。 「…貴様が怠けているだけではないのか。 唐突にこんな場所にお供を引き連れて散歩に来る暇があるようだしな。 私は世間話をしているほど暇じゃない。早く用件を言え」 「相変わらず反応が冷たい」 また面倒ごとを持ち込むのかとでも言いたげなイオリに対して、ミカドは大人びた容姿とは裏腹に、しゅん、と落ち込むように視線を落とした。 右手を軽く胸元に添えて傷ついたポーズを取るものの、 「でも大丈夫。こういう反応はアランで慣れているからね。 彼が僕を思って言葉を発するように、イオリちゃんもまた同様。 僕はめげないよ、負けない」 彼がこんなことで落ち込む性格なら、彼の幼馴染も周囲の生徒達も苦労はしない。 挫けた様子は微塵も無く、寧ろ俄然やる気に満ちたように、胸元に添えていた右手で握り拳を作ってみせた。 「…変な耐性がついたものだな。 しかし私をあの過保護な御守り役と一緒にするな。 あいつは好きでお前の傍にいるんだろう。私には情など期待するな」 目を細めながら静かに告げるイオリ。 彼女の声が言葉程冷たいものでも無いことを、ミカドは感じ取っていた。 だからこそ愉し気に双眸を緩く細めながら、「期待はしない。これは確信、そう、確かなことだよ」そんな風に返すのだ。 そしてイオリの元へと歩を進めながら言葉を続ける。 「毎年聖誕祭の時期に合わせて開催される、武闘大会の話は聞いたことがあるかい?」 「この国に武闘大会を知らない戦士がいるものか」 彼女の瞳に、珍しく楽し気な色が浮かぶ。 それを彼は見逃さなかった。 「…従来、騎士同士の能力向上のため、 そしていずれ騎士となる騎士学園生徒の選ばれた生徒のみが参加出来る 歴史ある国の大イベントだ。その行事に―」 口元に浮かべた笑みを僅かに深め、ミカドは一枚の紙を取り出し、イオリの目線の高さでそれを開いて見せる。 「君達の枠を“取ってみた”。―そう、君達の参加権だ」 ミカドが示した其れは、武闘大会の詳細が記されたもの。 一枠ではあるものの、しっかりと神風学園の名が記されていた。 「…貴様の突拍子の無さもここまでくると感服させられるな」 これは、さすがのイオリも予想だにしていなかった。 しかしすぐに状況を把握すれば、これまた珍しく口角を持ち上げ、楽し気な笑みを浮かべる。 「面白いじゃないか。 貴様達、騎士学園を正面から叩き潰すことも出来るというわけだが?」 「相変わらずイオリちゃんは面白いね。うん、面白い」 彼女の宣戦布告ともとれる言葉に、ミカドは小さく喉を震わせる。 「そういう茶化すところは気に入らないが… これに免じて、今日この時だけは感謝というものをしておこう」 「君達のために推薦し、設けて貰った枠だ。 それくらいの意気込みで無いと意味がない。 好成績を残せば来年以降も参加出来る可能性が高いし、ハンターや、神風学園としての名も広まる。 楽しみにしているよ」 何処か満足そうな様子を見せるミカドを見つめ、「無論だ」と答えるイオリであったが、卒業を控える自らの立場にふと意識を向ければ口惜しい感情も生まれる。 踵を返し部屋を後にする彼を見送りながら、「後数年早く持ってきてもらいたかったものだ…」と、そんな言葉も漏らしていた。 ◇◆◇ 「ニィくん、お待たせ」 生徒会室を出ると、ミカドは控えていたニレを一瞥して歩き出す。 ニレも自然とその後に続いた。 「ミカド様、愉しそうですね」 「うん、愉しいよ。わくわくする。 待ち焦がれる、というのはこういう感情なのかな」 ミカドの声は普段の穏やかなものとそう変わらない。 ただ彼の表情をちらりと見た瞬間、 (…ぁ、たぶん、これ、面倒臭い) そう直感的に感じさせるものがあった。 同時に、こういう感情になるたびに彼の幼馴染として、そして補佐として献身的に支える副会長の偉大さを感じてしまう。 「楽しみだねぇ」なんて何処か含みのある様子で、それでいて愉し気に呟くミカドを見つめながら、ニレは密かにため息を吐いていた。 |