2月末〜3月にかけての、クロムソード公国への一定期間の留学を終えてアサヒ王女、騎士団と共にレクラン王国へと帰還した生徒達は、いつも通りの日常を過ごしていた。
留学の目的は、レクランが中心となり開発された魔素の圧縮拡張可能装置「パワーリング」の実証実験を行うため。しかし最終的には、クロムソード公国による巨人兵器を用いたシルヴァン帝国への侵略行為の阻止に関わることになった。誰一人として欠ける事無く帰還出来たことは、幸いを言える。

クロムソード公国内で起きた一連の事件は、今もなおレクラン王国、シルヴァン帝国が中心となり事態の収束、真相究明にあたっている。
しかし事件の中心人物と思われる二人の内、カリブ=R=ブルスケットはペンネ=ハインリヒ元大佐、バルファーレ=トレント大尉と共に行方不明。
そしてもう一人のダリア=R=ブルスケットは死亡ということから、調査には時間を要していた。

そんな日々の中、

 レクラン王国のとある場所。

 ヒュー――と空を斬る音が響く。
 まるで意志を持つように滑らかな動きで伸びた鞭が魔物の体を絡めとり動きを封じる。
 直後、無数の泡が魔物の体を包み込んだ。白魔術「ライフバブル」だ。
 弾けた音と共に魔物は大きく身を震わせると、そのまま地面に倒れ、動かなくなった。

 「手間取ったわね」
 「……」

 魔物討伐の任務にあたっていた騎士団員の一人が、鞭を納めながらため息を吐く。
 もう一方が神妙な面持ちでいたため「なに?」と問いかけた。

 「気付いてると思うけど。最近、“手間取る”ことが続くよね」
 「そうね。ここのところ忙しかったから、疲労が蓄積されてるのかと思ってたけれど」
 「…うん、何かが変だ」

―――“それ”は少しずつ侵食していた。

 シルヴァン帝国のとある場所。

 「はぁ〜……古代兵器、丸ごと解剖したかったな〜…」

 研究員の一人が物憂げに天井を仰ぐ。
 傍らには何かの欠片と思われるものが幾つか置かれているが、どれも凄まじい力で砕けた物のようで統一感もない。
 あれは一月程前の事だろうか。
 クロムソード公国が放った古代兵器が、シルヴァン帝国との国境目前に破壊、阻止された。
 辛うじて回収できた残骸の一部がこうして目の前にはあるものの、古代兵器はなんらかの理由で最後爆発し粉々に粉砕したようで、
 最早抽出出来る情報もなくただの廃棄物と化している。
 レクラン王国の者達のおかげで我が国に被害が及ばなかったことは感謝すべきことかもしれないが、この者の本音としては、

 「侵略してよかったのに」

 ぽつりと零し、研究員は壁に掛けた計測器を見た。
 普段ある事が当たり前で気にも留めなかったことだが、違和感を感じてからは日々確認するようにしている。

 「…また下がってる」

―――“それ”は人々が気付かない程緩やかに広がった。

 とある国のとある場所。

 「ダリア=R=ブルスケット殺害の犯人未だ不明、と」

 新聞記事、主に海外の事件を特集した紙面に目を通す男性に、彼の友人が周りを気にしながら声をかける。

 「それがそろそろ判明するらしい」
 「どういうことだ?」
 「あの事件、一ヶ月半前くらいか。目撃者が出たって話だ」
 「目撃者?」

 怪訝そうにする男性に友人が耳打ちする。
 男性は目を瞠り「…そういうことか」と納得したように呟いた。
 『世界的な気候変動?!魔素減少の謎』と大きな見出しが載っている紙面があったことを、思い出したのだ。

 「じゃあ、ここ最近のことも…」
 「あぁ、陰謀なんじゃないか、て話だ」

―――人々が“それ”に気付いた時には、最早手遅れであった。

―――クロムソード公国を中心に、世界中から“魔素”が消え始めていた。