帝国からの来訪者 エピローグ1 虹の湖の出来事の後、皇帝等が城に戻ってくると既に城内は状況把握や原因解明のためにと騎士達が慌ただしく動いていた。 皇帝夫妻の貴賓室では、そんな城内の様子も気にも留めない様子ではしゃいでいるキナリーの姿があった。 「楽しかったね。こんなに遠出したのも久しぶり。 あ、でも、七色の虹と八色の発見はまた今度かしら」 口元で両手を重ねるようにして、楽し気に話しているキナリーに対して、ロランドはいつも以上に険しい顔で見下ろしていた。 ほんの少し小さく息を吐き出すと、さっと彼女を抱きかかえ、 「…お前はいつもそうだ、どんな"辛いこと"があっても変わらぬ。 …しかし体は自分が思うより疲弊しているものだ。今は少し休め。」 そう言って、彼女をベッドに降ろし、髪をすくように優しく撫でた。しかし、キナリーはきょとんと小首を傾げて見上げた。 撫でられる感触に少しくすぐったそうに頬を緩めつつも、不思議そうに口を開いて。 「…どうして?一緒に出掛けられたんだもの。 "楽しい"ことで、"嬉しい"ことでしょ?」 まるで湖での恐怖や苦しみが無かったかの様にさらりと言うキナリーにロランドは、一瞬「またか」というような表情を浮かた。 「……良い感情を塗りつぶす出来事もあるのだ。 …お前はその逆だが…かえって、その姿をみるのは胸につまるものがある。」 どことなく切なげな眼差しで彼女を見つめた。 キナリーはそんな視線にも小さく笑って肩をすくめ。 「でも不思議。湖が突然枯れるんだもの。どうして止めたの?」 「湖が枯れた理由は分からぬ。 しかし、……何であろうとお前の力は容易に周りに見せてはならぬ。 其れを欲する悪は世界に五万といるのだ。」 ロランドは嗜めるように小さく呼気を落とした後、彼女の眼を真直ぐ見据え、そっと頬に手を添えた。 「それよりも、体に異常は感じないか? 随分と苦しそうだったが…何があったか、覚えてはおらぬのか。 」 「ぅ〜ん…あまり覚えていないの。 ほら、時々うなされて起きることがあるでしょ。 あれ、汗がびっしょりなのに起きると全然覚えていないの。 それと似たような感覚かな。覚えてない、てことは大したことじゃないと思うの。」 深刻なロランドと反し、キナリーはあっけらかんとした様子で答える。 しかし、ロランドからまっすぐに向けられる視線を受け、頬に触れる手に自身の片手を重ねると、どこか安心した様子で一度瞼を閉じた。そして、ふと思い出したように「ぁ」と声を発して見上げる。 「頭に思い浮かんだものはあるわ。 辺りがね、燃えていたの。みんな逃げていたわ。 みんな?…不思議。わからないのに、みんなって…」 キナリーはそう言うと、自身が発した言葉に可笑しそうに笑みを零す。 一方、ロランドはキナリーの言葉に、僅かに目を開く。 「…辺り……燃えて?………まさか……」 険しい顔で呟きながら、口元を覆うように手を当て、何かを考え込むロランドの傍ら、キナリーは話しながらも次第に意識が遠のいていく。 「……あとね、声が聞こえた気がしたの。 声、だったのかな。誰かに見られたような、見つかったような…。 不思議。これだと、かくれんぼしてるみたいね」 疲労感からくる眠気なのか別の要因か。ぽつりぽつりと、言葉を紡ぐ彼女の様子に気づくと、ロランドは気持ちを切替える様に長く息を吐き出した後、そっと彼女の頬を撫で、ささやかに微笑んだ。 「…もう良い、今はすべて忘れて眠るがいい。」 キナリーはそれを見て、どこか嬉しそうに表情を緩ませた。そしてそのまま静かに瞼を閉じると、微かな寝息を立てて。 「……お前は「俺」がこの命に変えても守ってみせる。たとえ神を敵に回してもな。」 ロランドは双眸を細め、そっと眠るキナリーの髪に口づけた。 |